Microsoftは2022年4月に日本市場に関する組織を再編し、製造業に向けた事業を一段と強化する姿勢を見せている。昨今の社会情勢を受けて厳しい状況が続く日本の製造業に、何を期待し、これからどのような取り組みを展開するのか。2022年10月末に来日した同社の製造業/サプライチェーン担当Vice PresidentのCaglayan Arkan氏に聞いた。

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―― 組織再編の狙いは。

Arkan氏 本社との連携強化です。日本では、「モビリティ(自動車と、鉄道などを含む物流全般)」「インダストリー&マニュファクチャリング(産業と製造)」「ファイナンス(金融)」を注力分野に設定し、各分野の顧客を担当するチームを、それぞれ事業本部に格上げしました。3つの事業本部のうち、製造業に関わるのは「モビリティ」と「インダストリー&マニュファクチャリング」です。

Caglayan Arkan氏<br>Microsoft<br>Vice President Global Strategy and Sales Lead Manufacturing and Supply Chain
Caglayan Arkan氏
Microsoft
Vice President Global Strategy and Sales Lead Manufacturing and Supply Chain

 従来は、「エンタープライズ」と呼ぶ大手のお客様を担当する統括本部の傘下に業種別チームがありましたが、今回の再編で業種別チームを事業本部に格上げし、直接本社と連携できるようにしました。これによって、本社と密にやりとりしながら、一段と速やかに事業を進めることができるようになったはずです。そのうえで製造に関わる事業本部の傘下にあるアセットと人員を増強しました。

―― 製造業にまつわる事業を日本で強化する理由は。

Arkan氏 テクノロジーカンパニーからビジネスバリューを提供する企業へとシフトしたMicrosoftにとって、産業分野は重要な事業領域です。その中で、これから数年間で大きな変革が進む製造業/サプライチェーンの分野には、大きなビジネスチャンスがあると見ています。日本に関して言えば、Microsoftにとって米国に次ぐ 2 番目に大きな市場ですが、それだけでなく製造業に関連する事業の拡大を図るうえで重要なポイントだと考えています。世界各地に拠点を構え、グローバルに事業を展開している企業が多いからです。こうした企業の皆さんとビジネスをすることで、Microsoftのソリューションを世界に広げることができます。

―― そのために具体的に、どのような施策を展開するのでしょうか。

Arkan氏 日本の製造業に関する重要な取り組みの1つが、企業との戦略的パートナーシップによる共同開発です。提携先の開発チームにMicrosoftの技術者が参加し、まだ世界で製品化されていない、新しいプロダクトやサービスを共同で開発する考えです。ここでは試作のレベルで終えるのではなく、商用に耐えるレベルまで完成度を高め、その成果は提携先企業の製品やサービスに反映します。こうして、提携先の企業が新たなビジネスプラットフォームを構築するのを支援する考えです。つまり、Microsoftがビジネスプラットフォームを創出するためのプラットフォームの役割を担うわけです。

 このパートナーシップの対象となるのは、自らデジタル変革に取り組み、新しい事業の創出を目指す企業です。こうした企業と1対1のパートナーシップを結びます。提携先は、大企業に限定するつもりもありません。むしろ、中堅・中小規模の企業を中心に考えています。業種も限定せず、幅広い業種の企業と共同開発を進めるつもりです。「インダストリー&マニュファクチャリング」の分野では、半導体、ハイテク、エレクトロニクス、産業用装置、重機、化学をはじめとするプロセス産業など、製造業のバリューチェーンに関与するあらゆる業界を視野に入れています。「モビリティ」に関連する自動車関連の企業とパートナーシップを結ぶこともあるでしょう。

―― これまでの成果を教えてください。

Arkan氏 すでに数社の企業と、こうしたパートナーシップを結んでいます。その1つが、当社が開催する開発者向け年次カンファレンス「Build 2022」に合わせて2022年5月に発表した川崎重工業様とのパートナーシップです。物理的な装置や設備を仮想空間上に再現し、それに複数の関係者が同時にアクセスできるようにする「インダストリアルメタバース」を開発しています。この技術が実用化されれば、離れた場所にいる技術者が、時間や場所の壁を越えて共同作業ができるようになります。製造業の現場に革新的な変化をもたらすでしょう。この技術のデモンストレーションは、2022年5月末にドイツで開催された産業見本市「HANNOVER MESSE 2022」の会場でも披露しました。

2022年5月30日~6月2日にドイツで開催された産業見本市「HANNOVER MESSE 2022」に出展した「インダストリアルメタバース」のデモ機
2022年5月30日~6月2日にドイツで開催された産業見本市「HANNOVER MESSE 2022」に出展した「インダストリアルメタバース」のデモ機

 この共同プロジェクトには、コアサービス開発を担当する「Code-Withチーム」と、プロトタイプを構築するチームがMicrosoftから参画しています。これらのチームは、世界共通のグローバルチームとして運用していますが、共同開発する場所が日本である場合は、コミュニケーションを円滑にするために日本語を話せるメンバーがチームに加わります。

―― 実際の活動の様子を教えていただけますか。

Arkan氏 川崎重工業様の場合、Code-Withチームの活動拠点は日本でした。このためMicrosoftから日本人を中心にした技術者が参加しており、そのメンバーが3カ月間、共同開発に専念しました。Code-Withチームの活動は、お客様との共同開発が前提ですから、お客様にも専任のエンジニアをアサインしていただきました。

 通常のCode-Withプロジェクトでは、最初に両方のメンバーで議論し、開発するものを明確にしたうえで、開発するアーキテクチャーを決めます。それからソフトウエア開発が始まります。開発期間は最大3カ月です。その後、ユーザーが単独で開発したシステムを運用できるようにするための引き継ぎ期間などが必要です。それを含めると1つのプロジェクトは、約半年にわたることになります。現在、こうしたプロジェクトが、製造業関連では世界で10件ほど展開されています。

 もう1つのプロトタイプを構築するチームは、5~6月に披露したデモ機の開発に参加しています。こちらのプロジェクトは、ヒューストンにあるMicrosoftのラボが拠点でした。デモ機の開発では、PLC(Programmable Logic Controller)など製造現場で使う機器が必要です。このため、そうした機器や関連技術を扱えるメンバーが在籍しているヒューストンのラボが選ばれました。ここに川崎重工業様の技術者の方々にも来ていただいて一緒に開発を進めました。

―― 中堅・中小企業との提携も視野に入れているということですが、そのための資金や技術、人材が足りないという企業が多いのではないでしょうか。

 

Arkan氏 確かに規模が小さい企業の場合、十分なITのリソースを持っているところは少ないと思います。セキュリティー対策の専門部署を持っていない企業も多いでしょう。こうした企業の方々は、「Microsoft Cloud for Manufacturing」 を提供することで支援する考えです。クラウドを利用すれば、クラウド上のアプリケーションを利用して事業に必要な機能を強化したり、サンドボックスを構築してセキュリティーを確保したりといったことを実現するための負担を減らせます。クラウドは、ITを利用したビジネス機能の「民主化」を進めるための1つの有力なツールだと考えています。

 これに加えて提携による共同開発を通じて中小企業を間接的に支援することも念頭に置いています。例えば、工作機械メーカーが提供する製品の多くのユーザーは中堅・中小規模の企業です。そこで、工作機械メーカーと提携して、ITを利用した遠隔によるサービスやメンテナンスなど、ユーザーの事業や業務の変革に貢献するサービスを開発すれば、その成果のメリットを中堅・中小企業の皆さんも享受できます。工作機械メーカーが提供する先進的な装置やサービスを利用すれば、どんな規模の製造現場も同じ環境を実現できるわけです。違うのは、製造現場に並んでいる装置の数だけということになります。