子ども家庭庁が創設され、少子化対策が急ピッチで進む中で、意外と見過ごされているのが、日本では毎年10万件以上も人工妊娠中絶が行われているという事実だ。例えば、2021年度には12万6174件もの人工妊娠中絶が実施された。その数は年々減少傾向にあるとはいえ、2021年に生まれた子どもの数81万1604人と比べても、決して少ない数字ではない。中絶をする権利は守られるべきだが、何しろ、その中には、妊娠発覚前に服用した薬が胎児に影響があるのではないかと心配し、妊娠の継続を断念するケースも少なくないという。薬が原因の中絶を減らすにはどうしたらよいのか。妊娠と授乳中の薬の不安に対する情報提供・発信に取り組む国立成育医療研究センター・妊娠と薬情報センターの村島温子センター長に話を聞いた。

本当は問題ないのに「妊婦に禁忌」とする薬が多い日本の実情

 薬が「妊娠を遮る」事例には、大きく2つのパターンがある。1つは、風邪薬などを服用した直後に妊娠が発覚し、薬の影響を心配して中絶を検討するパターン、もう1つは、慢性疾患やアレルギー疾患などの治療で長年薬を服用し、妊娠を先延ばしにするうちに適齢期を過ぎて妊娠・出産を諦めるパターンだ。

 「日本では、薬の添付文書に、『妊婦または妊娠している可能性のある婦人には禁忌』、あるいは『妊婦には原則として投与しない』と記載されている薬が、米国や豪州などと比べて非常に多いのが実情です*1。しかし、実際には、妊婦が服用しても問題がない薬は少なくありません。動物試験の結果を基に添付文書では禁忌となっていても、ヒトの胎児に影響がある薬は限られているのです。少子化がこれだけ問題になっている時代に、本当は妊娠中に服用しても問題がないのに、薬の添付文書で妊婦に禁忌となっているということで、その薬を使った妊婦さんが中絶を選択したり、妊娠を遅らせたりしているのは大きな損失です」と村島センター長は指摘する。

国立成育医療研究センター・妊娠と薬情報センターの村島温子センター長
国立成育医療研究センター・妊娠と薬情報センターの村島温子センター長
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 なぜ、日本ではこのように「禁忌」「原則として投与しない」との記載が多いのか。

 一般的に薬の薬事承認を取得するために行われる治験は健康な男性が対象で、発売前は妊娠可能な年齢の女性への影響は不明だ。そのため、日本では、動物試験の結果などを参考に、万が一のことを考えて、添付文書を厳しめに書く傾向がある。一方、実際に使用した後に、妊婦に使っても問題なかったという報告が出ても、製薬企業がその情報を添付文書に盛り込む義務はない――。背景にはこうした理由もあると考えられる。

図1●日米豪の添付文書で、「妊婦に禁忌」などとなっている薬の割合
図1●日米豪の添付文書で、「妊婦に禁忌」などとなっている薬の割合
日本の薬の添付文書では、調査時点で39%が「妊婦には禁忌」「原則として投与しない」となっており、米国や豪州と比べてその割合が多い。外国では、妊婦にも「慎重に投与する」「リスクとベネフィットで判断する」と患者の個別状況にあわせて検討するよう記載された薬が多かった(米国では、2020年にA~Xの5段階によるリスク分類の仕方を廃止)(出所:「産科と婦人科」:74 (3), 293-300, 2007-03)
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