茶道をたしなむ経営者が増えている。日々の業務で多忙を極めるかたわら、貴重な時間を割いて教室に通う経営トップたち。彼らをひきつけてやまない茶道の魅力とは何か。茶道の稽古に励む経営者たちをインタビューする。

 「茶道を始めました。サ道(サウナ道)ではありません、お茶の茶道です」――。マネックスグループ代表執行役会長の松本大氏が自身のブログにこう書き込んだのが2023年8月。実際に稽古を始めたのは2022年1月で、さらには、松本氏が最初に茶道に触れたのはそこから遡ること6年前になる。

 2016年、松本氏が以前自著を発行した出版社の社長に誘われ、遠州(えんしゅう)流茶道の稽古を見学に行ったのがきっかけだった。遠州流は江戸時代初期の大名茶人、小堀遠州を祖とする流派である。「しかし当時は道場に1、2回行ったきり、足が遠のいてしまいました」(松本氏)。

 数年のブランクののち2021年の年末、遠州流茶道を稽古するスタートアップ企業の社長に声を掛けられ、納会に参加することになる。「ずっと顔を出していなかったので敷居が高かったのですが、彼と一緒に再度道場を訪れた後、もう一度始めてみようか、と思ったのです」。翌2022年1月から稽古を再開し、現在は月2、3回程度新宿区若宮町の稽古場に通っている。

 松本氏が入門しているのは家元から直接指導を受ける「直入会」だ。多忙な身で月2、3回は大変ではないか、と聞くと「稽古場へは社用車で往復するため、行き帰りに車の中で仕事ができます。道場に入って最長で1時間お点前をして退出するので、時間のロスがありません」と松本氏。

 点前をしていると雑念が浮かばず、茶道にだけ集中できるという。「例えばジョギングしたり、音楽を聴いたり、泳いだりしていても、つい仕事のことを考えてしまいますが、茶道にはそれがないですね」。点前をしたあと自服(自分で点茶して飲むこと)するか、もし時間があれば他の人のお客をしてお茶をいただいて帰る。

 現在は、テーブル式の立礼で薄茶点前をしている。「高校時代に運動会の棒倒しで膝を痛めて、長く正座ができないのです。ただ、できれば近いうちに畳で点前できるようにしたいので、整形外科に通って膝の治療をすることも考えています」。

マネックスグループのオフィスにて(撮影:稲垣純也)
マネックスグループのオフィスにて(撮影:稲垣純也)

自宅でもお客に点茶でふるまう

 松本氏の自宅には、釜、茶碗、茶器、茶筅など基本的な茶道具もそろえてある。ほぼ毎日抹茶を点てて飲む習慣になっており、自宅で仲間と会合があった後など、松本氏自ら抹茶を点ててふるまうこともある。

 「道具は骨董屋で安く買ったり、見立て(もともと茶道具でないものを使うこと)だったり、いろいろです」と松本氏。道具を並べるのは、アマゾンで購入したキャスター付きの昇降式テーブルだ。ソファや椅子など、お客が座る高さに合わせて調整できる。「釜を温めるのにIHコンロを使っています。熱伝導がよく、すぐに湯が沸いて効率がいいんですよ」。高価な茶道具に執着するのではなく、身近な道具で点茶を楽しむ姿勢に感服した。「先日、妻の友人がお土産を持って家を訪ねてくれたので、リビングに招いてお茶を点ててさしあげました。そうすると、15分くらいでもお互いに落ち着いてゆっくり話ができる。その時間がとても貴重だと感じます」(松本氏)。

 茶道の心得がビジネスに役立つことはあるかと聞くと、「実はアートに関して、同じ質問をよくされます」と松本氏は言う。

 松本氏は15年ほど前から芸術文化を支援する活動をしている。マネックスグループのオフィスにコンテンポラリーアートを飾り、アーティストを招いてワークショップを開催する。「実際には、アートとビジネスはほとんど関係ありません。ただアーティストには、ある意味変わっていて普段はあまり出会わないタイプの人も多いので、議論して一緒に作業をすることで彼らを受け入れる姿勢ができ、ダイバーシティの感性が育つと思います」と松本氏。「茶道も同じで、直接的にビジネスにつながるというより、じわじわと効いてくる感じでしょうか」。

 茶道の稽古による効果について、松本氏はこう語る。「僕はビジネスパーソンとして、そこそこきちんと社会生活を送ってきたつもりでした。しかし茶道では挨拶の仕方や所作にあるべき間(ま)があり、自分は今までそれができていなかったと分かったのです」。挨拶や礼も特別な言い回しがあるわけではないが、一つひとつの動作をゆっくり行う、きちんと相手を見て挨拶するといった基本的なことが大切、と松本氏は指摘する。

 以前の記事で、点前をするときに道具を置く位置がかなり厳格に決まっていると書いた。松本氏も「茶道では、スペースが整理されていると思います」と語る。「道具を絶妙なスペーシング(物を置くときのバランスや余白の取り方)で置き、とても合理的です。オフィスでも、仕事道具が理想的なスペーシングで並んでいるほうがきれいだし、使いやすいのと同じですね」。

松本氏の自宅の茶道具。IHコンロに釜を載せて湯を沸かす
松本氏の自宅の茶道具。IHコンロに釜を載せて湯を沸かす

プログラムとしての茶会を工夫する面白さ

 松本氏が稽古を再開して2年近く経った。「再開当初は点前で手一杯でしたが、慣れてくると余裕が出てきて、興味の幅が広がってきます。道具がどのようにできているのか、なぜこういう所作をするのかといった理由を知りたくなるのです」。近々、茶友と一緒に京都で柄杓を作る体験をする。

 茶道は1つのプログラムのようなもの、と松本氏は言う。「適切な場所と間(ま)を合わせた時間帯の中で、亭主が日本文化や芸術を凝縮して提供し、客はそれを楽しむ。こうしたプログラムに何を足していくか、どんな人と一緒にやるかを考えるのが面白いのだと思います」。

 もともと神社仏閣や古事記に興味を持っていた松本氏は、その中に出てくる様々な要素が茶道につながっていることに気づいたと言う。「茶道というフレームワークの中で、日本の伝統文化が分かってきます」。

 以前の記事で述べたように、道具の格や種類によって取り合わせや点前の所作が変わってくる。

 「その組み合わせは有限ですから、覚えようと思えば覚えられます。ただ、茶道をプログラムととらえると、いつ誰とどんな場所でお茶を楽しむかという選択肢は無限になります。その意味で、茶道にはきりがない。だからこそずっと続けたいと感じます」(松本氏)。

 日本は世界でも類を見ないハイコンテクスト(暗黙の了解を重視すること)な文化を持っている、と松本氏は指摘する。「日本文化は、言葉だけでは表せず、歴史や五感で感じる様々な要素で成り立っていて、それは日本の素晴らしい個性です。茶道はそのハイコンテクストな文化をはめ込む背骨のようなもの。わずかな時間点前をするだけで、その文化を表現し感じ取る仕組みができている。だから、毎回1時間の稽古が大切だと感じています」。

オフィスの部屋にはアーティストの作品が飾られている(撮影:稲垣純也)
オフィスの部屋にはアーティストの作品が飾られている(撮影:稲垣純也)

マネックスグループ代表執行役会長
松本 大(まつもと・おおき)氏
私立開成高校卒。1987年東京大学法学部を卒業後、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券会社(現シティグループ証券)に入社。1990年ゴールドマン・サックス証券に移り、1994年にパートナーに就任する。1999年、ソニーとの共同出資でマネックス証券を設立し、2000年に東証マザーズに上場(現在プライム市場に上場)。米マスターカードの社外取締役、ヒューマン・ライツ・ウォッチ国際理事会副会長も務める。