景況感の悪化が続いているが、地域における「ひとのつながり」を大切にする小さなビジネスのなかには、経営が安定してうまく持続しているケースも見受けられる。そうしたケースでは、消費者や取引先のニーズを敏感に察知して、経営体制やサービス内容をスピーディーに変化させている。筆者は、自身が経営する店がある東京都世田谷区経堂で、商店街の活性化活動を2000年代から行ってきた。また、ライター・放送作家として、日本各地で活躍する中小事業者の成功事例も取材してきた。それらの経験を踏まえ、我がまち・経堂も題材にしながら、マイクロコミュニティ(小さなつながり)を大切にした「ひととまちに愛されるビジネスの姿」を考察する。

消費税増税の影響で潰れそうになった地元個人店の応援をスタート

 3年以内に50%、5年で80%以上が廃業するともいわれる飲食業界。コロナ禍によってさらに厳しくなったのは周知の通り。昨年(2022年)から光熱費や輸送費の高騰、幅広い品目での物価高が生じており、経営を取り巻く状況はさらに厳しくなっている。

 しかし、そうしたなかでも、ひとや地域の小さなつながり「マイクロコミュニティ」を大切にする個人店をみると、地道にしっかり生き残っているケースが多い。

 筆者は、1997年から縁あって世田谷区経堂エリアに暮らし、近隣の飲食店と密な付き合いを続けてきた。その関係性がどのくらい「密」であるかを簡単に紹介しよう。雑誌『BRUTUS』の人気コーナー「自分史上最多ごはん」に筆者が取材された際(掲載は2018年10月号)、経堂駅前の人気カレー店「ガラムマサラ」の「ランチBセット」を「自分史上最多」として挙げた。

 ランチBセットは、肉カレーと野菜カレーの2種類を楽しめる人気メニューである。今から5年前に取材を受けた時点で、筆者がランチBセットを食べた回数は実に3300回を超えていた。店に21年通い続けた結果だ。同コーナーで取り上げてきた「最多ごはん」記録の「最多数」も更新した。ちなみにガラムマサラの夜営業は、スパイス料理のツマミメニューが充実している。ランチだけでなく、夜営業の時間帯に訪問した回数も合わせると、この原稿の執筆時点で4500回は通っており、店のオーナーのハサンさんとは親友といえる間柄である。

 その他の近隣の店においても、これまでに1000回以上通った個人店が、今はなき店を含めて7店ほどある。100回から数百回レベルで通っている店となると、15店は下らない。家族ぐるみで付き合う店の数は30〜40店。商店街を100m歩くと、必ず1人、2人は顔見知りと会い、「ちょっと相談が」と言われて、立ち話になるケースも少なくない。

経堂駅北口のすずらん通り商店街。個人経営の店が並び、飲食・小売以外に、精肉・鮮魚・青果の店も賑わう地元密着型の生活商店街だ(写真:須田 泰成)
経堂駅北口のすずらん通り商店街。個人経営の店が並び、飲食・小売以外に、精肉・鮮魚・青果の店も賑わう地元密着型の生活商店街だ(写真:須田 泰成)
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 筆者は大阪出身で、このエリアからすれば、いわゆる“ヨソモノ”である。しかし2000年に「経堂系ドットコム」という地域情報の発信サイトを立ち上げ、2009年には経堂駅北口にて「さばのゆ」という地域のハブとなるコミュニティ酒場をオープンした。2019年からは、「経堂経済新聞」という地元密着のニュースメディアも運営している。そうしたこともあって、気が付けばなにかと相談を受ける立場になり、いまは経堂の“ナカのひと”になっている。

「からから亭」で学んだこと

 筆者が地元の飲食店を応援するようになったきっかけは、経堂西通り商店会にあった「からから亭」というラーメン店との出合いだった。東京の下町・東向島出身のマスター栃木要三(とちぎ・ようぞう)さんが夫婦二人で切り盛りする、カウンター5席、4名掛けテーブル2卓の小さなお店だ。筆者は足しげく通っていたが、その「からから亭」のマスターから衝撃的な言葉を聞いたのは、1999年の秋。「売り上げが減って、このままだと、店を閉めないといけない」と打ち明けられた。

経堂駅北口から徒歩3分の経堂西通り商店会にあった「からから亭」と、マスターの栃木要三さん。夜ごと、界隈のひとたちが集まり交流を深めた(写真:須田 泰成)
経堂駅北口から徒歩3分の経堂西通り商店会にあった「からから亭」と、マスターの栃木要三さん。夜ごと、界隈のひとたちが集まり交流を深めた(写真:須田 泰成)
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 理由は大きく二つあった。一つは1997年の消費税増税(3%→5%)による、材料の仕入れ値の上昇。もう一つは、当時、飲食業界で急速に増えていた、値段の安さを売りにするチェーン店の出店攻勢だった。

 毎日、夜になると、マスターと「どうすれば店が潰れずに済むのか」を真剣に話し合った。筆者が質問を重ねていくうちに、チェーン店が増えるなかでも「からから亭」に通い詰める客たちには、共通の特徴があることが見えてきた。それはマスターが気さくに話しかけると、そこから始まる何気ない会話をきっかけにして、客同士が交流していたことだった。

 交流することで、客にとって経堂はだんだんと「仲間がいっぱいのまち」になっていく。つまり、「からから亭」に通っているうちに、ひと、地域、情報が「つながる」のだ。経堂ライフも段違いに楽しくなるだろう。「つながる」というキーワードを見出した筆者は、2000年に入ってから「からから亭」で定期イベントを始めた。

 「毎週月曜日、夕方6時から深夜2時まで。経堂駅北口徒歩3分のラーメン屋さんをスペインのローカル酒場バルに見立てて、ゆるく飲みながら、いろんなひとたちが集まっているので、ふらりと来てください。お友達を連れてくるのも大歓迎です」

 こんな呼びかけを口コミ中心で行った。「月曜バルイベント」と名付けたこのイベントは、会費制ではなく、一品ごとに支払うキャッシュオン制。これにより“軽く一杯”のひとも、じっくり腰を据えたいひとも、それぞれのペースで飲むことができる。かつイベント時には、通常は提供していない300円くらいのタパス的な小皿料理も複数用意した。

 ターゲットは経堂周辺に多く住むフリーランスに設定した。経堂の個人店の常連には、映画、テレビ、ラジオ、演劇、音楽、アート、建築などの業界で携わる自営業者が多く、こうしたひとびとは、おしなべて「ひとのつながり」を大切にしながら仕事をする。また、単なる価格の安さで店を選択するというより、個性あふれる小さな個人店を偏愛するひとも少なくない。

 月曜バルイベントは初回から理想的な賑わいとなった。いい感じに混み合い、集まった客たちは、思い思いに飲んだり食べたりして、隣り合ったひとたちと会話を楽しそうに弾ませていた。客層は各業界のフリーランスをはじめ、フリーランスに興味を持つ会社勤めのビジネスパーソンも多数いたのが印象的だった。話し好きのマスターも調理の合間に会話を楽しみ、笑いが絶えなかった。すると次第に、月曜バルだけでなく、ほかの日の夜も、「そこに行けば誰かいる」楽しい場所になっていった。

 月曜バルイベントを毎週休まずに3年間続けた結果、経堂近辺に住んでいるわけでもないのに、都心での仕事終わりにわざわざ通う客の割合が増えた。店の売り上げも伸び、マスターは「店を閉める」という言葉を口にしなくなった(なお「からから亭」はその後、マスターの体調の都合で2007年に営業を休止している)。