「新鮮野菜の味わいを、忙しく働くひとにこそ届けたい」。このような思いのもと、東京都心部のビジネスパーソン向けにお弁当・デリの販売ビジネスを展開しているベンチャー企業がある。東京と高知を拠点とする株式会社StoryCrewだ。同社は「イナカデリコ」というお弁当・デリを製造・販売するサービスを展開しており、高知県産をはじめとした日本各地の野菜や果物を直接仕入れて自社で加工。最終顧客の顔が見えやすいように、顧客企業内のStoryCrew直営店舗で販売する。生産者と消費者をつなぎながら、「働くひとの食を支えたい」と奔走する創業者の浅野聡子(あさの・さとこ)さんに話を聞いた。

 StoryCrewは浅野聡子さんと海老原隼人(えびはら・はやと)さんが2016年3月に設立。イナカデリコを2018年5月にスタートさせた。イナカデリコというブランドが確立されてから、今年(2023年)でちょうど5年目となる。コロナ禍で苦しい状況に立たされながらも、大手企業などからの受注に成功。2022年5月には、東京で新しいキッチン(自社工場)を始動させた。創業時の工場の約3倍の規模だ。弁当・デリの販売サービス「イナカデリコ」の利用者数(累計)は75万人を突破したという。

浅野聡子さん(左)と、海老原隼人さん(右)。浅野さんは高知県を拠点とし、主に食材調達とブランディングなどを担当。海老原さんは東京の拠点で出店先企業とのコミュニケーションや営業活動、現場スタッフの採用等を担う(写真提供:イナカデリコ)
浅野聡子さん(左)と、海老原隼人さん(右)。浅野さんは高知県を拠点とし、主に食材調達とブランディングなどを担当。海老原さんは東京を拠点として出店先企業とのコミュニケーションや営業活動、現場スタッフの採用などを担う(写真提供:イナカデリコ)
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 イナカデリコの特徴は、地方の食材を材料に使ったお弁当やデリを、なるべく鮮度高く都心部のビジネスパーソンに届けられるよう工夫していること。各地の生産者とのつながりを確保し、野菜などの旬の食材を自社で仕入れ、東京の自社工場に直送する。工場で製造したお弁当やデリは、都内のオフィスビルに入居している、自社直営の店舗やカフェなどで販売している。

「おいしい、それなのに知名度はそれほど高くない」

 もともと浅野さんも海老原さんも、以前は大手企業のリクルートに勤務し営業を担当していた。東京在住だった浅野さんは結婚後、リクルートを退職。夫の出身地である高知県に移住した。「移住先の高知でも、リクルート時代に培った営業スキルを生かした仕事がしたい」。そう考えて仕事を探したところ、自治体が進めていた「地産の食材を県外に売り出す」業務に携わることになった。

 県内の農家を訪ねて回るなか、浅野さんが感動したのは高知県産の野菜や果物が持つ、じつに豊かな味わいだった。「こんなにおいしい食材が身近で手に入るなんて、東京ではまず得られない体験だと思いました。これには本当にびっくりしました」(浅野さん)。

 しかし、おいしさに反して知名度が決して高くないという実態があった。自身のビジネスパーソン時代を思い返してみても、東京の飲食店やスーパーで見られる「高知県産の食材」としてすぐに思い浮かぶのは、生姜(しょうが)や柚子(ゆず)くらい。日本に限らず世界中のおいしいものが集まっている東京でも、高知県産と銘打って売り出されている食材はごく少数という印象が否めなかった。

 「この地で生産されている食材に、大きな可能性を感じました。都心の企業に勤めていた経験を持ち、かつ営業畑出身の自分だからこそ、できることがあるのではないかと考えました」(浅野さん)。そこで、イナカデリコの事業を立ち上げることにした。

イナカデリコの起点は、東京でがむしゃらに働いた経験

 先にも少し触れたが、イナカデリコのサービスは、食材を高知県内の生産者から直接仕入れて、東京の自社キッチン(加工工場)に輸送して、お弁当やデリを製造する。現在1日あたり約1300個のお弁当をつくっている。こうした、お弁当やデリは主に都内のオフィスビルの中にある、イナカデリコが運営する店舗やカフェのほか、ビル内の共有スペースで販売している。直営店舗の数は現在7カ所(2023年5月時点)だ。

カフェタイプで運営するイナカデリコ直営店舗の一例。カウンターの後ろ側には、主な生産者の名前と写真を掲示している。これによりお弁当やデリの食材を提供している生産者を身近に感じられるようにしているという(写真提供:イナカデリコ)
カフェタイプで運営するイナカデリコ直営店舗の一例。カウンターの後ろ側には、主な生産者の名前と写真を掲示している。これによりお弁当やデリの食材を提供している生産者を身近に感じられるようにしているという(写真提供:イナカデリコ)
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イナカデリコのロゴ。イナカデリコというブランド名は、「田舎」の「デリ(惣菜)」にちなむ。「田舎の仲間(=生産者)と一緒に作り上げたデリを、ビジネスパーソンに最適な食環境として届けたい」という思いを込めたという。最後に「コ」をつけたのは、元気なスタッフが田舎からオフィスまでお弁当デリバリーをする擬人化したイメージを持たせた(写真:イナカデリコ提供)
イナカデリコのロゴ。イナカデリコというブランド名は、「田舎」の「デリ(惣菜)」にちなむ。「田舎の仲間(=生産者)と一緒に作り上げたデリを、ビジネスパーソンに最適な食環境として届けたい」という思いを込めたという。最後に「コ」をつけたのは、元気なスタッフが田舎からオフィスまでお弁当デリバリーをする擬人化したイメージを持たせた(写真:イナカデリコ提供)

 イナカデリコがこだわっているのは、都心で忙しく働くビジネスパーソンに良質な食事を提供すること。浅野さんは東京のオフィスで勤務していた頃、忙しさのあまり栄養バランスが整った食事を取ることに気が回らなかったという。「当時の私は、高層ビルに入ったオフィスで毎日がむしゃらに働いていました。仕事にやりがいはありました。けれども、当時、日々何を食べていたのかを思い出そうとしても、記憶に残っていないのです。つまり、質の高くない食事ばかりでした」(浅野さん)。

 そうした経験から、浅野さんはイナカデリコを立ち上げるにあたって、「よい仕事とよい食の両立を」を事業目的に掲げた。ビジネスパーソンに質の高い食事を届けて、パフォーマンス高く仕事することを応援しようと考えたのだ。浅野さんが常に頭に思い浮かべる想定顧客は、忙しく働いていたかつての自分自身だという。「『過去の自分』にランチを届けるとしたら、どんな中身のお弁当がよいだろうか。このお弁当で、過去の自分のおなかと心は満たされるだろうか。そのような問いを、イナカデリコの根幹に据えています」(浅野さん)。