パラダンススポーツという競技がある。車いすで踊る競技ダンス(社交ダンス)のことで、「車いすダンス」とも呼ばれる芸術的なスポーツだ。専用の競技用車いすを使用し、競技ダンスと同じように着飾って踊る姿には、車いすを使っているからこそのダイナミックな魅力が感じられる。また、障害のある・なしに関わらず挑戦できるスポーツでもある。現在、日本のパラダンススポーツ団体 は、車いすダンスがパラリンピックの公式種目になるよう、各地で登録選手のパフォーマンスや育成を行うなどの普及活動に力を入れている。

2023年8月5日、6日の2日間にわたり、国立競技場で「東京2023パラダンススポーツ国際大会(以下、2023国際大会)」が開催された。活躍が目立ったのはイスラエルとフィリピン、そして韓国。その他にもオーストラリアや米国、メキシコ、カザフスタン、香港など世界各国からトップ選手が集まった。

車いすダンサーのパフォーマンスを見ると、障害があるとは思えない、アクロバティックな演技に圧倒される。なかでも、健常者と障害者の選手が手を取り合うことで生み出されるスピード感や回転技には息をのむほどだ。

2023国際大会での「コンビ」(ラテンの部)の試合風景

パラダンススポーツは、車いすの選手をドライバー、健常者のパートナーをスタンディングと呼ぶ。ドライバーとスタンディング同士のペアによる「コンビ」、ドライバー同士のペアによる「デュオ」、そしてドライバー単独の「シングル」の3部門があり、それぞれ障害の度合いで重い方から「クラス1」「クラス2」に分かれて競う。

パラダンススポーツの競技種目(写真提供:日本パラダンススポーツ協会)
パラダンススポーツの競技種目(写真提供:日本パラダンススポーツ協会)

この3部門は、一般的な競技ダンスと同様に、曲調の異なる10種目のダンスに併せて踊り、その総合得点で勝敗が決まる。スタンダード5種目(ワルツ、タンゴ、スローフォックストロット、ウィンナーワルツ、クイックステップ)は、競技会で男性がえんび服、女性がロングドレスを着用。ラテン5種目(サンバ、チャチャチャ、ルンバ、パソドブレ、ジャイブ)では、男性はワイルドな衣装で、女性は肌の露出が多めのドレスが一般的だ。

これらのほかに、曲や動きに制限を設けない「フリースタイル」もある 。車いすの選手がアイススケートのように単独で踊り、そのパフォーマンスを競う。フリースタイルになると、曲調に合わせた上半身の動きやリフト、観客の心に訴えかけるエモーショナルな表現が目立ち、自由度の高い演技を堪能できる。

2023国際大会での「フリースタイル・コンビ」の演技

競技用の車いすは、日常生活用とは異なる形状をしている。タイヤを「ハの字」に取り付けることで、回転や素早いターンが可能だ。ただ、激しい動きができる分、転倒のリスクもあるため、タイヤの他に小さな前輪と後輪が付いている。2023国際大会では、片手のみで動かせる電動車いすの選手も活躍した。

同大会には、日本からドライバー6名、スタンディング2名が出場。日本代表として、パラダンススポーツの頂上に向かって果敢に挑戦した。それぞれのカテゴリーでダンスに情熱を燃やす選手たち――。いったい、どのような思いでパラダンススポーツに向き合っているのだろうか。

専用の競技用車いす(写真提供:日本パラダンススポーツ協会)
専用の競技用車いす(写真提供:日本パラダンススポーツ協会)

車いす同士の「デュオ」で世界に挑戦する萬木さんカップル

車いす同士で踊る「デュオ」は、競技種目のなかでも特有の難しさがある。海外試合の出場経験を持つダンス歴10年の萬木信也さんと、今年より公私ともにパートナーとして競技会に初出場した萬木令奈(れな)さんに話を聞いた。

【萬木信也さんのプロフィール】1977年生まれ。埼玉県出身。27歳の時に筋ジストロフィーの診断を受け、車いす生活に。2013年秋からパラダンススポーツを始める。翌年3月に行われたスーパージャパンカップの「コンビ」部門で3位の成績を収めた後、日本代表として海外で数々の試合に出場。腹膜肉腫を患って一時期はダンスから離れるも、令奈さんをパートナーとして2023国際大会で競技に復帰し、「デュオ」のスタンダード部門(クラス2)で8組中6位に入賞した。<br><br>【萬木令奈さんのプロフィール】栃木県出身。生まれて間もない頃に脊髄の手術を受け、足に障害が残った。器具をつけて歩く生活を続けていたが30代後半で突然立ち上がれなくなり、車いすを使うように。2018年秋に日本パラダンススポーツ協会のスタッフからスカウトを受け、ダンスを始めた。<br>(写真提供:日本パラダンススポーツ協会/吉村もと・イシヅカマコト)
【萬木信也さんのプロフィール】1977年生まれ。埼玉県出身。27歳の時に筋ジストロフィーの診断を受け、車いす生活に。2013年秋からパラダンススポーツを始める。翌年3月に行われたスーパージャパンカップの「コンビ」部門で3位の成績を収めた後、日本代表として海外で数々の試合に出場。腹膜肉腫を患って一時期はダンスから離れるも、令奈さんをパートナーとして2023国際大会で競技に復帰し、「デュオ」のスタンダード部門(クラス2)で8組中6位に入賞した。

【萬木令奈さんのプロフィール】栃木県出身。生まれて間もない頃に脊髄の手術を受け、足に障害が残った。器具をつけて歩く生活を続けていたが30代後半で突然立ち上がれなくなり、車いすを使うように。2018年秋に日本パラダンススポーツ協会のスタッフからスカウトを受け、ダンスを始めた。
(写真提供:日本パラダンススポーツ協会/吉村もと・イシヅカマコト)

信也さんは、筋ジストロフィーのベッカー型という進行性の筋肉の難病を患っている。「子どもの頃から同級生に比べて走るのがすごく遅かったんです。診断が出るまでずっと悩んでいました」と語る。

27歳で車いす生活となるも、テニスや車いすバスケなどのスポーツに挑戦。だが、使えば使うほど筋肉が落ちてしまう病気のため、医師から「激しいスポーツを控えるように」と言われてしまう。それでも「何かできるスポーツはないか?」と2013年にたどり着いたのが、パラダンススポーツだった。

「ある時、『⾞いすでも踊れたら楽しいだろうな』と思ったことからネットで⾞いすダンスを知り、ダンススタジオに⾒学に⾏ったんです。ネットで車いすダンスを知り、ダンススタジオに見学に行ったんです。そこから3カ月間、そのスタジオで10種目のダンスを叩きこまれました(笑)」(信也さん)

一方、令奈さんは2017年、パラダンススポーツに出会った。「車いすを使い始めて間もなく、自分で歩けないから『私の人生、終わったな』って自暴自棄になっていた時でした」と令奈さんは振り返る。

「日本パラダンススポーツ協会のかたに、世界大会の映像を見せてもらったんです。海外の選手たちがアクティブに、華やかに踊っていて……。健常者のダンサーと変わらないぐらいの迫力だったので『こんな世界があったんだ!』と感激しました」(令奈さん)

練習中の萬木さんカップル(写真提供:萬木令奈さん)
練習中の萬木さんカップル(写真提供:萬木令奈さん)

ドライバー同士が踊る「デュオ」には、競技としてどんな大変さがあるのか。信也さんは「2人の動きをシンクロさせること。とくに漕ぎだし(車輪を手で掴んで回す動作)のタイミングが難しいんです」と答えた。

また、身体の動かせる範囲がカップル間で異なるため、車いすを回転させる速度やスピンの数にばらつきが出ることに苦心しているという。使うほど筋力が落ちやすい信也さんとパワーのある令奈さんは、手を繋いで踊る時の微妙な力の入れ具合を何度も練習するそうだ。

表現の舞台では、踊り手の佇まいも大切だ。健常者と踊る「コンビ」の経験のある信也さんは、「立って踊る人となら自然と身体が上向きになりますが、車いす同士だと目線が低いままで身体が縮こまりやすいんです。思う以上に外に意識を向けることが重要です」と、車いす同士だからこその見せ方を語った。

2023国際大会は、ブランクのある信也さんと初出場の令奈さんにとって好成績だったものの、世界との差を見せつけられた試合だった。「もっと世界のトップダンサーのように踊りたいって思いました。今はダンスへの情熱がメラメラと燃えています」と令奈さん。

現在、信也さんは担当医から「1カ月に1度、踊る程度のも難しいはずだ」と診断されている。けれど、現在は毎週末に練習できているという。

「僕はラテンの曲を聴くと、思わず身体が動いてしまいます(笑)。火事場のバカ力じゃないけれど、何か一つでも信じるものがあれば、病気に負けないパワーが湧いてくるのかなって。おかげで精神面も強くなりました」(信也さん)。

サッカー少年だった、世界大会で活躍するホープ

ダンス未経験ながら、数カ月で頭角を現した若き選手もいる。中央大学4年生の持田温紀さんだ。パラダンススポーツを始めた時のことを温紀さんはこのように語る。

「自分の可能性を広げたくて、国際大会に出られるチャンスがあるならトライしてみたいと思ったんです。『今まで経験した辛かったことや嬉しかったことを表現できる』気持ちもありました」(持田さん)

【持田温紀さんのプロフィール】2000年生まれ。東京都出身。幼少期からサッカーに熱中する日々を過ごす。高校1年生の時、自転車事故で脊髄を損傷し、車いすユーザーに。現在は中央大学サッカー部の事業本部に所属。2023年3月、実行委員長を務めたパラ大学祭のイベントで日本パラダンススポーツ協会のスタッフと知り合い、車いすダンスの扉を開いた。2023国際大会ではシングルフリースタイル男子部門(クラス2)に出場し、14位中8位の成績を残した。<br>(写真提供:日本パラダンススポーツ協会/吉村もと・イシヅカマコト)
【持田温紀さんのプロフィール】2000年生まれ。東京都出身。幼少期からサッカーに熱中する日々を過ごす。高校1年生の時、自転車事故で脊髄を損傷し、車いすユーザーに。現在は中央大学サッカー部の事業本部に所属。2023年3月、実行委員長を務めたパラ大学祭のイベントで日本パラダンススポーツ協会のスタッフと知り合い、車いすダンスの扉を開いた。2023国際大会ではシングルフリースタイル男子部門(クラス2)に出場し、14位中8位の成績を残した。
(写真提供:日本パラダンススポーツ協会/吉村もと・イシヅカマコト)

持田さんが取り組む「フリースタイル」は、社交ダンスの曲やフィガーにとらわれないカテゴリーだ。初心者であっても大会で活躍するチャンスがある。今年3月から猛練習を始め、車いすを使ったスピンなどに苦戦するも、6月に行われた2023国際大会の選考会を通過して出場資格を得た。

「フリースタイル」は、アイススケートのように縦横無尽に動きながらパフォーマンスを行う。そのため、練習場所を確保するのが大変だった。

「大会の1カ月前は母校の中学校に体育館を提供してもらって、夕方6時から3時間くらい練習していました。それ以外にも、いろいろな方に支えられました。大学の新体操の先生には振り付けのアイデアをもらいましたね」(持田さん)

 中央大学のキャンパス内で、ポーズをとる持田温紀さん(写真:池田アユリ)
中央大学のキャンパス内で、ポーズをとる持田温紀さん(写真:池田アユリ)

2023国際大会の前日、各国のアスリートが集まる食事会で余興を買って出ると、海外選手に「モッチー」と呼ばれるほど仲良くなったそうだ。「世界の選手たちと交流できたことが、なによりも糧になりました!」と持田さんは嬉しそうに笑った。

大会本番では、緊張のあまり後半に振りが飛んでしまい、アドリブで踊る部分もあった。「せっかくの世界の舞台だ。誰よりも感情を魅せよう」とやりきったという。

「さまざまなパラスポーツの中で、笑顔が得点になるスポーツってダンスだけだと思います。自分の人生を曲に乗せて踊り、演技中は応援してくれる皆さんの顔が浮かびました。これからは車いすの子どもたちに新しいチャンスを広げられるような活動もしていきたいですね」(持田さん)

年内はフリースタイル部門に力を注ぐという持田さん。パラダンススポーツ界のスター選手として、今後の活躍が期待される。

2023国際大会での持田温紀さんの演技

共生社会を象徴する障害のある・なしに関わらないスポーツ

そもそも、パラダンススポーツ(車いすダンス)は1997年に冬季パラリンピックの種目になり、2014年頃までパラリンピックで「コンビ」の競技が行われていた。しかし、2015年に正式種目から外れ、世界で行われる試合が格段に減った。

 パラダンススポーツ(車いすダンス)が再びパラリンピックの公式種目になるよう、「一般社団法人 日本パラダンススポーツ協会」では登録選手の技術向上やイベントを行うなどの普及活動に力を入れている。

今年9月、同協会が開催している練習会を見学させてもらった。一緒に踊る健常者と車いすユーザーのカップル、鏡の前で自主練習を行う選手……。練習会で障害のあるなしに関わらず、プレーヤーが踊っている姿を見ていると、「ダンスを極めたい」「どうしたらやりたい動きを実現できるか」を意識した熱い思いが伝わってきた。協会を運営するスタッフやコーチも忙しそうに動き回っていた。なかには、運営側として選手をサポートしている電動車いすユーザーの男性もいた。

この日の練習会は、海外からの講師が指導していた(写真:池田アユリ)
この日の練習会は、海外からの講師が指導していた(写真:池田アユリ)

練習会には2023国際大会に出場した、国際医療福祉大学の4年生、田村小瑚(ここ)さんも参加していた。小瑚さんは幼少期に病気を患ったことから、車いすでの生活を余儀なくされた。「病気のせいで体幹が弱いので、1曲2分間、姿勢を保ったまま踊るのが大変なんです」と言う。だが、表現したい気持ちがふつふつと湧いてくるそうだ。

【田村小瑚さんのプロフィール】2001年生まれ。千葉県出身。4歳で発症した病気の影響で車いす生活を送る。2020年2月、脊髄損傷者が通うトレーニングジムで社交ダンスのワルツを体験し、ダンスを始める。2023国際大会ではシングルフリースタイル女子部門(クラス1)に出場し、10位中9位の成績を残した。<br>(写真提供:日本パラダンススポーツ協会/吉村もと・イシヅカマコト)
【田村小瑚さんのプロフィール】2001年生まれ。千葉県出身。4歳で発症した病気の影響で車いす生活を送る。2020年2月、脊髄損傷者が通うトレーニングジムで社交ダンスのワルツを体験し、ダンスを始める。2023国際大会ではシングルフリースタイル女子部門(クラス1)に出場し、10位中9位の成績を残した。
(写真提供:日本パラダンススポーツ協会/吉村もと・イシヅカマコト)

「以前、ある先生からダンスの動きで『これできる?』と聞かれて、『(私の身体では)ちょっとできないかも』って答えたんです。すると、『できるようにやってみて!』と言われてハッとしました。今まで障害があるからできないのは当たり前だと思っていたけれど、どうしたらできるかを一緒に考えてくれる方々と出会って、マインドが変わったんです」(田村さん)

田村さんが2023国際大会で演技した曲を踊り終えると拍手が起こり、協会のスタッフが感想を伝える一幕も。健常者と障害者の垣根がない、心地よい雰囲気を感じた。「一緒にいいものを創っていく」という共通の認識があるからこそ、豊かな表現力を魅せるダンサーが誕生するのではないだろうか。

2023国際大会での田村小瑚さんの演技

同協会の広報部・浅野文重さんは、「スター性のある若き選手たちが育ってくれています。彼らの活躍の場を広げるためにも、もっと多くの方にパラダンススポーツの良さを知ってもらいたいです」と語る。

協会スタッフのほとんどが、別の仕事を持ちながら活動しているという。休日の合間を縫いながら、スタッフ同士で時間を調整してコミュニティーを運営しているそうだ。今後、裏方を担う人たちの存在も、パラダンススポーツを飛躍させるカギとなるだろう。

練習会では、ヒップホップの講師によるアイソレーション(注:首や肩など特定の部位だけを動かすこと)のワークが行われた(写真:池田アユリ)
練習会では、ヒップホップの講師によるアイソレーション(注:首や肩など特定の部位だけを動かすこと)のワークが行われた(写真:池田アユリ)

今年11⽉24⽇から26⽇、イタリアのジェノヴァで世界⼤会が開催された。⽇本からは萬⽊さんカップル、持⽥さんを含む7名が出場。3名の選手は入賞には至らなかったものの、それぞれ成長を感じる試合となったようだ。

イタリアの世界大会にて、日本代表選手の集合写真(写真提供︓⽇本パラダンススポーツ協会)
イタリアの世界大会にて、日本代表選手の集合写真(写真提供︓⽇本パラダンススポーツ協会)

パラリンピックの正式種目を目指すパラダンススポーツ。若い世代の参入が見られ、今後もスター選手の活躍が求められている。障害の有無、状態の違いを超えて互いに認め合い、貪欲に奮闘し、世界を見据えてダンスを創り上げていくアスリートたちの姿に心を揺さぶられた。「共生社会の実現」がうたわれるようになった昨今、車いすの人同士や身体的に異なる人が手を取り合い、最大限に音楽を表現するパラダンススポーツに大きな可能性を感じる。